メールマガジン
分権時代の自治体職員
第120回2015.03.25
インタビュー:流山市総務部総務課 政策法務室長 帖佐 直美さん(下)
政策法務室長として、①職員からの法律相談を受け、②政策法務に関する職員研修を企画、実施し、③訴訟へ対応し、④異議申立などの不服申立があったときに、その担当課から相談を受ける、という仕事をこなしている帖佐さん。
司法修習後、最初は一般の弁護士事務所で働いていた。
稲継 流山市役所に入られるときですが、公募か何かあったのですか?
帖佐 そうですね。公募されていました。
稲継 それはどういう意図で、先ほど少し政策法務の話が出ましたけれども、市役所としてはどういうことで企業内弁護士といいますか? インハウスローヤーを雇うっていう方針を出されたんでしょうか?
帖佐 地方分権で自治体が判断しなければいけないことも増えてきて、また市民の方の意識も高まって、「法的な根拠を説明してください」というような問い合わせも出てくる中で、逗子市や三重県の名張市といった先進的なところがあって、そこを視察に行ったりしながら採用に向けて動き始めたと聞いています。
稲継 なるほど。その公募がありましたよと。帖佐さんは何かでそれを見られて受けてみようという気になったわけですね。それはまたどういうきっかけですか?
帖佐 ちょうど弁護士として2年たって、勤めている事務所もそこにずっと勤めるというタイプの事務所ではなく、それまでの勤務弁護士もある程度経験を積んで独立していくということをしている事務所でした。今後どうするかということで相談に乗っていただいていた先輩弁護士から、「実は流山市でこういう募集があって、自治体で弁護士が職員として勤務するということはまだ新しい試みだけれど、きっといい経験になる。」と勧めていただきました。それまでは弁護士が自治体に勤めるという形があることも知らなかったのですけれど。募集要項を見てみると、各部署からの法律相談や訴訟の対応など幅広く仕事が出来そうだなと思いまして。例えば国の任期付きというと特定の分野に絞られていて、専門性は身に付くと思うのですが、幅が広がらないイメージがありましたが。
稲継 そうですね。
帖佐 流山市の募集要項はかなり市役所の仕事全般を幅広く経験できるのではないかと思いました。何より先ほどお話しした顧問先の市役所の方たちを見ていると、ああいう人たちと毎日仕事ができるならいいだろうなというのがあって応募してみました。
稲継 なるほど。地方自治体が総合行政主体なので何でも受けているということですね。国の場合、例えば金融庁で募集しているやつだと、「金融庁のここの中のこの仕事ですよ」って、非常に限られたとこだから、専門性は高まるけれども、幅は広がらないのに対して、自治体の場合には今おっしゃったように本当に何でもやるといいますかね。
帖佐 そうですよね。
稲継 それで魅力を感じて応募されたと。応募されて何か面接とかどういうプロセスで採用になったんですか?
帖佐 確か履歴書と一緒に小論文を提出して、そこで一次審査があって、二次審査が面接だったと思います。
稲継 そうですか。そこで採用が決定し、いきなりもう政策法務室長として入ったわけですね。
帖佐 そうですね。
稲継 室長としてはかなり若い部類に入るんじゃないですかね。
帖佐 そうですよね。ほかの課長職は、50代ぐらいですね。

帖佐氏 勤務風景
稲継 ちょっとやりにくくなかったですか?
帖佐 室長というのがどのぐらいの位置付けなのか、といった組織のことは分からないまま来てしまい、徐々に課長職が集まる場に出る機会があって......。
稲継 一番若い。
帖佐 ああ、珍しいなというのが、分かったのですが。(笑)
稲継 なるほど。市役所のほかの職員の方から見ると若いけども飛び抜けて偉くなっているっていうのが、普通の自分たちと同じ土俵だと妬みだとか、何だとかが発生するかもしれませんが、弁護士というやっぱり特別な資格を持っておられるということで、それは皆さんかなり納得されているところがあるんでしょうかね。
帖佐 特にそういった感情を持たれているような感じは受けなかったですね。
稲継 そうですか。
帖佐 私自身も、入庁する前は、役職というよりは、弁護士が急に1人で入っても、行政のことも分からないのにという感じで拒絶されてしまうのかなと不安に思っていました。でも実際に入ってみると流山市の職員はみんな好意的で。特にやりづらいとかそういうことは一切なかったです。

取材風景
稲継 そうですか。それは良かったです。で、四つの業務が最初からあって。でも、それを一つ一つ順番にこなしていかれるわけですよね。政策法務室っていうのは前から存在した室なんですか?
帖佐 いえ、弁護士を採用する際につくられた部署です。
稲継 新設部署なんですね。
帖佐 はい。
稲継 では、新設部署だけでも、こういう事務分掌規則上、この分担があるよと。じゃ、その一つ一つ埋めていってというか充実させていくっていうのが、帖佐さんの最初のお仕事だったわけですよね。何かやっていく中でご苦労とか何かありましたか?
帖佐 まずは政策法務を勉強するところから私自身始めなければと。普通に弁護士として仕事をしていても政策法務という言葉はなかなか耳にしないので。
稲継 そうですか。
帖佐 流山市に入ってから勉強を始めました。政策法務室というものをどう動かしていくべきかということも分からなかったので、先ほど申し上げましたように千葉県庁だとか千葉県内だと浦安市さんが進んでいると聞いて視察に行かせていただいて、どんなふうに政策法務の推進ということに取り組んでいるのか聞かせていただいて、取り入れられるものを取り入れてという形で。本当に手探りでした。
稲継 法律とか条例以外にもですね、役所なりのしきたりだとかルールがありますよね。それが自分として何かちょっとやりにくかったとかそういうことはないですか?
帖佐 そのあたりは本当に分からないので、総務課の法規文書係が全面的に手伝ってくれていて、政策法務担当者を置きたいという思いはあっても、実際にどうすれば置くことができるのかというところは分からないわけですが、そこは法規文書係の職員が協力して、必要な手順を踏んでくれています。
稲継 なるほど。法規係の方にもかなり助力いただきつつ進めたということですね。
帖佐 そうですね。政策法務室は室員がいないんですよ。私1人の部署なものですから......。
稲継 1人室ですか? なるほど。
帖佐 法規文書係が事実上兼務してくれているような形で手伝ってもらっています。
稲継 特にここは一番苦労したとかそういうことはありますか?
帖佐 新しいことを始めるときはいつも苦労します。研修をするにしてもどんな研修が必要なのかが最初のころは分かりませんでした。それまで研修の講師自体やったことがなかったですし。初めの年は、第1回は千葉県庁の職員に来てもらい、政策法務の入門の研修をやってもらい、その後自分で講師をして研修をしていく中で何をすればいいのか考えていったといいますか。
稲継 研修講師は帖佐さんがなさっておられるんですか?
帖佐 今は外部にお願いしている部分も多いですが、初めの年は全部自分ですね。
稲継 これだけの回数をするってすごく大変じゃないですか?
帖佐 当初はそこまで数はなかったんです。初めの年は県庁の職員に一度来てもらって、あと2回自分でやっただけで終わりました。次の年は年間で7回実施したんですが、2回目は外部から講師を呼んで、後の6回は自分で。
稲継 なるほど。今まで約4年勤められて、すごくこれは面白かったとか、やりがいがあったっていうのは、どういうことになりますか?
帖佐 日々相談に来た職員が「相談に来て良かった」と言ってくれるときにやりがいは感じますが。これというものはまだ...。今はまだ良いと思うものを全てやってみている段階で、失敗も成功も分からない状態ですから。10年後、20年後に今やっていることが「全部失敗だった」と言われることもあるかもしれませんし。
稲継 それはないと思いますけども。
帖佐 「やって良かった」と評価されれば、そのときに成功だったということになるのでしょうが、まだ見えないですね。
稲継 職員全体のレベルアップをするなど計りにくいですしね。例えば、さっきおっしゃった「隣の家の枝が...」っていう相談を、果たして受けていいのかどうかってことが、一般の職員の場合は分からないから、本当に受けちゃう人だっているわけですね。
帖佐 そうですね。で、「やってくれるって言ったのに」というトラブルにもなりかねないので。そこは今やっている基礎法務研修で民法の知識を身に付けてもらって、民法で解決できる問題は市民向けの無料法律相談の窓口を案内すると、整理していかなければいけないかなと。
稲継 なるほど。政策法務室長として働いておられますが、市の職員でももちろんあるわけで、市の職員として見た場合、市役所の仕事っていうのはどういうふうに見えますか?
帖佐 こんなに親切なところだったんだなと。
稲継 そうですか?
帖佐 実際に入るまでは、自分が区役所だとか市役所だとかに行くのは証明書を取りに行くぐらいだったんですけれど。市民の方が気軽に来て、それに一生懸命応えようとする職員がいて。職員は大変ですけど、本当に何でもやらなきゃいけないですし、市民の方にとって一番の相談窓口というか、法律事務所に来るというのはもう切羽詰まった人だけで。多くの人は市役所に来るんだなというのは日々感じています。
稲継 おっしゃるように弁護士事務所って一般市民にとっては非常に敷居が高いです。けど市役所はすごくいろいろ話しやすいところではあるんですね。窓口の人が知らない人だとしても、自分が自ら市役所に行ってちょっと相談してみるっていうのは、市民なら普通に考えることで、それを受けてあげられるという体制が整っていることで。さらにその中で、「いや、これは私的な問題だからこっちに行ってください」とか、「これは、うちで受けますよ」ということがちゃんとさばけるようになっている職員ができるだけ増えるということ。私はそういうことが大事だと思っています。政策法務能力の向上は、いろんな自治体で取り組み始めてますけど、ごく一部の職員だけがそういった能力を高めていって、飛び抜けている人が何人か各自治体にはいるんだけれど、全体の底上げになかなかつながっていないというイメージを私自身持っていたんですね。そういう意味では研修計画で全員を(笑)、ものすごい回数を受けてもらうという......。
帖佐 (笑)そうですね。
稲継 これは非常に面白いなと思うんですね。
帖佐 負担も大きいとは思いますが、必要だと思ってやっています。確かに飛び抜けてというか、各課に1人ぐらいは高い能力がある人は必要だということで政策法務担当者研修もやりつつ、でもすべての職員が持っているべき能力というものもあると思いますので。
稲継 政策法務研修は人材育成課とタイアップしてやっているということですか?
帖佐 はい。協力して。もともと新規採用職員研修、フォローアップ研修、初級研修は人材育成課でやっていた研修の中に政策法務の研修を入れてもらっている形で、基礎法務研修も、政策法務室では予算が取れなかったということもあって、本年度については人材育成課の研修の枠組みの中でやってもらっています。政策法務室からこういう内容でこういう講師の先生でやってもらいたいということをお願いして協力して実施している形です。
稲継 受講者はどんな感じですか? 講師をしておられて、あるいは講師に来てもらって横で見ていて。
帖佐 例えば基礎法務研修ですと、受けている職員も基礎法務は自分の事務となかなか結び付けて考えるのが難しいと思うのですが、神奈川県の県庁に勤めた経験のある方に講師に来ていただいて、特に行政法は国の話になってしまいがちのところを、自治体の事務に結び付けて話していただいているので、事務に必要なものとして熱心に聞いてもらっていると思います。
稲継 ありがとうございました。今でほぼ4年になるわけですが、これから帖佐さんとしてはどういう将来ビジョンを描いておられますか?今は任期付きなんですか?
帖佐 任期付きです。
稲継 任期は何年ということになるんですか?
帖佐 最大で5年です。
稲継 そうですか。
帖佐 今は1年更新なので......。
稲継 そうですか。
帖佐 まだ来年いられるかどうかも分からない状態なんですが、最大で5年までしか、今の形ではいられません。
稲継 帖佐さん自身としては、弁護士事務所で勤めておられたときと、今政策法務室長として流山市のインハウスローヤーをやっておられるこの今と、どちらの方が面白いですか?
帖佐 私にとっては今の方が面白いです。できればこのまま流山市にいたいという気持ちでいます。
稲継 その辺は役所の方でどういう仕組みを続けるかということですよね。
帖佐 そうですね。
稲継 なるほど。ありがとうございました。一応政策法務室としては分掌事務もあるわけですけども、今後こういうこともやっていきたいという何か抱負があれば教えてもらいたいなと思います。
帖佐 私の任期が終わって、そこで終わってしまうというのではなく、続けていってもらえるようにということで、実施計画の中に政策法務の推進というものを組み込んでもらって、実施計画に基づく事業として実施できるようにしていきたいと思っています。
稲継 実施計画の中に、そうですか。それはなかなかあまり聞いたことがないので、すごいですね。
帖佐 そういうところにきちんと組み入れて政策法務の推進計画というものを立てて、計画に基づいてこれからも実施されていくようにしたいなと。また、研修については、受け身で研修を受けるだけではなく、研修をきっかけに自分で勉強していかなければ身についていかないと思っていますので、自分で勉強する目標としてもらう目的で、基礎法務研修、政策法務研修<基礎編>を受講した職員に自治体法務検定を受験してもらうことを考えています。
稲継 なるほど。ありがとうございました。このメルマガは、多くは地方自治体の職員の方が読んでおられます。ほかの自治体の職員の方に贈るメッセージなどがありましたら、何かお願いしたいなと思います。

帖佐 任期付きで弁護士が自治体職員として働くという試みは少しずつ増えてきています。こういう形が進んでいって、多くの自治体で職員と弁護士が協力して、より良い事務が行われるようになっていったらいいなという思いでおります。
稲継 ほかの自治体のインハウスローヤーの方とも何かネットワークか何かあるんですか?
帖佐 そうですね。日弁連主催で座談会などがあると顔を合わせますし、メーリングリストで相談し合ったりもしています。
稲継 なるほど。そういう仲間がいるということは心強いですね。
帖佐 そうですね。
稲継 ありがとうございました。今日は流山市の政策法務室長でいらっしゃる帖佐さんにお話をお伺いいたしました。どうもありがとうございました。
帖佐 ありがとうございました。
帖佐さんが市職員として内部から市役所を見た場合、「市役所ってこんなに親切なところだったんだな」と感じたという。「市民の方が気軽に来て、それに一生懸命応えようとする職員がいて。」・・・長年市役所に勤務しているとこういった感想はなかなか出てこない。新鮮な目で見た場合、日本の基礎自治体は本当にさまざまなことを行い、住民のために尽くしている。市民が相談に来た場合、受けてあげられる体制が整っていること、その中で、私的問題なのか役所が取り組む課題なのかをさばけるようになっている職員ができるだけ増えることが必要だという。その通りだと思う。
職員の政策法務能力の底上げのきっかけとして、インハウスローヤーを抱える自治体が今後ますます増えていくことが予想される。英国や米国のようになりつつあるということだろうか。