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コラム

株式会社日本総合研究所 チーフスペシャリスト  三輪 泰史

2024.12.25

スマート農業を活かした"これからの農業の姿"

 農政の憲法とも呼ばれる食料・農業・農村基本法が約25年ぶりに改正される等、2024年はわが国の農業政策の大きな転換点となった。今回の法改正では、農業者の減少が続く現状、新たな農業技術の台頭、気候変動や国際情勢等の農業を取り巻く環境の変化を踏まえ、食料安全保障の確保、環境配慮、スマート農業の普及、農業人材の在り方、適切な価格形成などが主要テーマとして盛り込まれた。

 さらに、基本法改正によって政策的な位置づけが高まったスマート農業の本格的な普及に向け、10月にスマート農業技術活用促進法(以下、スマート農業促進法)が施行された。同法はスマート農業の「普及」と「開発」の両方を対象としている点が特徴である。従来のスマート農業政策はスマート農業技術の開発・実証に関する支援策がメインだったが、いよいよ普及に向けて本格的に動き出したと評価できる。

 このように新たな農業の核と位置付けられるスマート農業について、多種多様な技術が生み出されている。それらの技術について、具体例を見ていこう。

①スマート農業の"眼"
 スマート農業の眼とは、カメラやセンサー等を使って農作物や農地等の状態をデジタルデータとして取得する手法で、代表例としてドローンによるモニタリングが挙げられる。ドローンに搭載されたカメラやセンサーを用いて効率的に農地や農作物のデータを取得し、分析することで、農作物の生育状況や品質、土壌の状態等を、熟練農業者に近いレベルで把握することができる。さらに、ドローンやスマートフォンで撮影した農作物や農地の画像をAIで分析して、病虫害や雑草の有無・種類を判別するアプリも実用化されている。

②スマート農業の"頭"
 スマート農業の頭の代表例が、作業履歴、生育状況、栽培環境等を記録する生産管理アプリ(営農支援アプリ等とも呼ばれる)である。農業の規模拡大や法人化が進む中、複数のスタッフの作業状況を網羅的に把握でき、課題に迅速に対応できる点が高く評価されている。AIの活用についてもいよいよ実用化段階に入っており、AIを用いた画像解析による病害診断や雑草判別などは既に使い勝手のよいアプリが実装されている。さらに農業用の生成AIの研究開発が加速しており、早期の実用化が期待される。

③スマート農業の"手"
 農業者の代わりに作業を担うスマート農業の手として、自動運転農機、農業用ロボット、農作業用ドローン等の実用化が進んでいる。自動運転農機はGPSやカメラ等を活用して位置情報や障害物を把握し、圃場内を無人で走行し、作業することができ、効率性の飛躍的な向上が見込まれる。農業用ロボットでは、除草ロボット、運搬ロボット、収穫ロボット等の開発が進んでいる。(筆者が提唱した多機能型農業ロボットDONKEYも今秋より一般販売開始)。

 

 このように実用化段階に至ったスマート農業であるが、農業者への普及スピードはなかなか上がっていない状況にある。その理由の一つが、導入コストの高さである。そのような課題を乗り越えるべく、専門の事業者や地域の中核的な農業者がスマート農機を用いて地域の農業者から作業やデータ分析等を受託する「農業支援サービス」が各地で立ち上がっている。これによりスマート農業が使いこなせない高齢農業者や高額なスマート農機を購入できない零細農業者でもスマート農業の恩恵を受けることができるようになってきた。「一家に一台スマート農機」ではなく「地域みなで使うスマート農機」にすることが普及のカギである。

 もう一点が、スマート農業は万能ではないという点である。スマート農業促進法では、生産方式革新実施計画にて、さまざまな優遇や支援を受けるために、農業者側に栽培方法の変更を求めている。スマート農業に万能性を求め、さまざまな作物、作業、圃場の状態に対してスマート農業側がアジャストすることが期待されてきたが、それが技術開発の遅れや、価格上昇を引き起こしている。スマート農業促進法では、現状の圃場や栽培方法にそのままスマート農業技術を当てはめるのではなく、スマート農業技術が能力を発揮できるような圃場や栽培手法に変えることを求めている。例えば、リンゴ栽培においてロボットによる収穫がしやすいカラムナー樹形(細長い樹形で、外側に果実が実る点が特徴)に変更する、ロボットが作業しやすい畝間にする、自動収穫しやすい品種(茎が長い葉物野菜等)に切り替えるといった農業現場側の歩み寄りが、スマート農業の本格普及の起爆剤となる。

 今後さらに農業就業人口が減少することは避けられない現実であり、それを前提にわが国の農業・農村を維持するためには、生産性が極めて高いスマート農業が欠かせない要素となっている。スマート農業促進法や農業DX構想2.0が示すように、これからの農業はスマート農業が基本になることを前提にすることが、円滑な普及策の鍵となる。