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コラム

特定非営利活動法人環境エネルギー政策研究所 主任研究員 山下 紀明

2025.02.26

地域からのゼロカーボンを本気で考え、動き出す

<よく聞く悩み>

「ゼロカーボン(脱炭素)宣言はしたものの、具体的に何をすればいいのかわからず、行政内外の協力も得られずに困っています。」

 これは、多くの地域の行政担当者から聞く悩みです。高い目標値が設定され、長期的な必要性は理解できるものの、足下の状況とのギャップは大きく、「我慢やコスト負担を強いる脱炭素方策」に協力してくれる仲間は見つからない、というところでしょうか。

 このような状況を打開するヒントは、担当者自身が上述の「我慢やコスト負担を強いる脱炭素方策」という認識を変え、地域からのゼロカーボンが持つポジティブな意義を深く理解できるかどうかにかかっています。担当者自身が腹落ちしていなければ、周りを動かすことは到底できませんよね。

 

<地域のよりよい未来のために>

「地域のゼロカーボンは、何のため、誰のために進めるのでしょうか?」

 この問いかけに明確に答えるのは意外と難しいのではないでしょうか。もちろん、気候変動問題は地球全体に関わる問題であり、ゼロカーボンは世界や国からの要請でもあります。しかし、そのために地域が疲弊するならば、地域として前向きに取り組むことはできないでしょう。つまり、ゼロカーボンを我慢やコスト負担を強いる制約条件と見なす考え方です。

 私は上の問いかけに対して、「第一に、地域のよりよい未来をみんなで実現するためにゼロカーボンというチャンスを活用します。地域にあったエネルギー事業を軸にして、地域経済効果やまちづくり、市民参加なども一緒に目指します。」と答えます。ゼロカーボンを、地域を前向きに変えていく機会にする、ということですね。

 東京都多摩市で、無作為抽出による気候市民会議(参加者45名)を開催した時のことです。参加者には、事前と各回終了後のアンケートに協力していただきました。「脱炭素社会への転換は、多摩市民の生活の質に、全体としてどのような影響を与えると思いますか。」という設問に対する答えは、事前と第5回終了後では大きな変化がありました。回答者は、1(生活の質に対する脅威となる)〜7(生活の質を向上させる機会となる)の7段階のいずれかを選びます。事前のアンケートでは、7(生活の質を向上させる機会となる)とそれに近い6を選んだ方はあわせて26%でしたが、第5回終了後には70%に達しました。気候市民会議での専門家のレクチャーや参加者同士のディスカッションやアイデア出しを経て、多くの参加者が認識を変えたのです。

 

<飯田市・おひさま進歩エネルギーの共進化>

「具体的には、どうやってゼロカーボンで地域をみんなで良くしていくの?エネルギーって電気やガスやガソリンのことで、お金には関係するけれど、まちづくりや市民参加とは関係ないでしょう?」 

 そんな疑問に対して、私はよく長野県飯田市とおひさま進歩エネルギー株式会社(以下、おひさま進歩)のことを紹介します。

 おひさま進歩は、200412月に誕生し、飯田市や多くの地域主体と連携しながら屋根上太陽光発電や省エネ事業、営農型太陽光発電事業、小水力発電事業、電力小売事業などを展開してきた地域エネルギー事業のパイオニアです。初期の太陽光発電事業は、日本でも最初期の行政施設の大規模な屋根貸し事業であるとともに、一般市民からの出資を募る市民出資という手法も採用しました。さらに、太陽光発電を設置した保育園や小学校での環境教育を続けています。飯田市は2014年に「飯田市再生可能エネルギーの導入による持続可能な地域づくりに関する条例」を制定し、地域の課題解決に資する再生可能エネルギー事業の認定と支援を行っています。例えば、地域の防災センターに太陽光発電を設置し、非常時の避難所電源としても使えるようにする、校舎への太陽光設置という中学生のアイデアをおひさま進歩や自治会と一緒に実現する、といった事業が次々と実現しています。

 また、おひさま進歩と地元ケーブルテレビ、地元まちづくり会社で立ち上げた飯田まちづくり電力株式会社は地域で作られた再生可能エネルギーを供給しつつ、収益の一部を子育て世代への割引や地域のさらなる再生可能エネルギー事業などの地域貢献に役立てています。さらに、飯田市内の南信州広域タクシーはおひさま進歩や飯田まちづくり電力と連携して、市内の乗り合いタクシーで地域の再生可能エネルギー電力のみで運行するゼロエミッションタクシーを実施しています。

 エネルギー事業を軸にしつつ、まちづくりや市民参加も工夫して実現してきたおひさま進歩は202412月に20周年を迎え、地域での雇用も生み出しています。

 

<本気で考え、動き出す>

 おひさま進歩と飯田市は一つの先進事例ですが、これからゼロカーボンの取組みを始める地域にとって、一足飛びにマネできるものではありません。しかし、20年前と比べれば再生可能エネルギーは格段に安くなり、様々な技術やビジネスモデルが増え、制度も変わって選択肢は拡がっています。多くの地域エネルギー事業が増え、それぞれの地域特性に応じたエネルギー事業を地域の仲間とともに進めています。こうした事例を自らも調べてみて、地域のよりよい未来に向けてゼロカーボンやエネルギーをどう役立てるかを本気で考え抜くことが、はじめの一歩になります。繰り返しになりますが、ゼロカーボンは目的ではなく手段なのです。

 そして本気で考えた後は、ぜひ動き出してみてください。地域のことをよく知る行政こそが、こうした地域の戦略を立て、多くの主体を巻きこみながら地域の調整役(ファシリテーション)となり、政策的に後押しする、という大きな役割を担うことが可能だからです。